結城では昔(といってもたぶんつい最近まで)、
お正月3が日は、食事の用意は男性がしていたそうです。
ウチの両親は結城出身ではないですが、
やはり昔はそうだったと言っていました。
近所の男性がたが集まり、敷地内の池の周りでいろいろやっていたそうな。
(その昔、大地主だったので、その名残で集まってきたものと思われます)
父は「だからおせちは3段なんだ、1日目、二日目、3日目、なんだ」と言っていましたが。
そもそもおせちというものは、正月から女性が火を扱わないで済むように、というものだったという話を聞きました。
「3が日は男性が作る」
という風習も、同じ理由からかもしれませんね。
いい風習なので、ぜひ復活して欲しいものです(笑)。
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