風船爆弾をご存知だろうか。
太平洋戦争の末期、資源もほとんどない日本が、苦肉の策(今思えば、ギャグのような作戦なのだが)で行った、アメリカ本土への攻撃である。
紙風船に爆弾をつけ、偏西風だけを頼りに、飛ばす。
ほんの60年前のことである。
しかし、かなりの数がアメリカまで到達し、本土を攻撃されたことのないアメリカ人にとっては、かなりのストレスだったようだ。(911を見れば分かるように、彼らは他人の土地を攻撃することには慣れきっているが、自分の土地を攻撃されると、ものすごい反発を見せる。)
実はこの風船爆弾に使われていた、和紙。
これは、福島県安達郡安達町(現・二本松市)上川崎で漉かれていた和紙だった。
当時は、上川崎の一帯の民家ほとんどすべてで、漉かれていたという。
現在は、民家で漉かれているのは1軒のみ。(道の駅の伝承館では漉かれている)
実は私の、大伯父である。
このお盆に、珍しく、ほぼ1対1でお話を伺うことが出来た。
貴重なお話を聞けたので、ぜひこれは残しておかねばならない、と思って書いている。
(当時小学校高学年)
■割り当て
紙は、自主的に漉いて供出する…ということになっていたようだが、実際には割り当てが来ていたということだ。かなりの量を漉いていた模様。
材料足りなくなっちゃいますね、と言ったら、
「足りないから、風船にこんにゃく塗ったんだよ。防水になるし。
でも飛んでいくとね、所詮こんにゃくだからねぇ?」
普通は防水には、柿渋を塗っていたようだ。
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